永井恒司名誉会長による国際標準医薬分業に関する記事が毎日新聞に掲載されました

『毎日新聞』2011-08-25朝刊「オピニオン–これが言いたい」より

これが言いたい: 「医師は調剤できない」が国際標準だ=永井恒司

◇医薬分業をチェックの要に--日本薬剤学会名誉会長・永井恒司

写真:永井恒司名誉会長
永井恒司名誉会長

「医薬分業(いやくぶんぎょう)」とは、医師や歯科医師が患者を診察し治療薬剤の選択を記載した処方箋を交付し、薬剤師がそれに基づき調剤することである。調剤の意味するところは、処方内容の監査、薬剤の調製とその交付だ。この原則が厳守されているのが、欧米先進国型の「国際標準医薬分業」である。

これに対し、わが国では例外規定により医師が調剤できることになっている。これは先進国で例を見ないことで、外国では「日本型医薬分業」と呼ぶ人もいる。すなわち、薬剤師の資格もなく、「薬剤師生涯教育」も受けていない医師が薬剤師と同じように調剤ができる。用いた薬の種類、量は自分以外に知らせなくてよいので、提供される治療の薬学的水準、安全性及び透明性は保証されない。

国際標準医薬分業の歴史は古い。「患者の命にかかわる薬を一人の人物に任せては危ない」と気づいた人類の英知に端を発し、1240年にシチリア王国の王フリードリッヒ2世の勅命により法制化され、今日まで771年存続している。

わが国でも明治維新により、1874年に導入された医制では医師の調剤は認められていなかった。ところが、その後「医師は自身の患者には調剤できる」という提案が受け入れられ、1889年以来医師法、歯科医師法及び薬剤師法のただし書き例外規定により「医師は調剤できる」という特異な制度が生まれ、今日まで122年続いている。

第二次大戦後、アメリカ占領軍の指導により、ようやく1950年、医薬分業推進の政策が実施された。その後、調剤基本料の設定や処方箋料の大幅な値上げなどの施策で医師、薬剤師の報酬増加を図りながら、病院外の保険薬局で調剤する「院外処方箋」を増やすことに結び付けてきた。しかし、これは日本型医薬分業の型を残したままの漸進に過ぎない。

一方、隣の韓国では、国際標準医薬分業への移行を目標に、1984年そのパイロット・プログラムが実施された。03年には達成されている。

薬剤師の調剤行為は、医師の処方の監査と、薬剤の調製・交付の2段階から成り、そのどちらにも過誤は許されない。「人は過誤から逃れられない」ということわざがあり、過誤をなくすために通常2回のチェック(ダブルチェック)を行う必要がある。しかし過誤をゼロに近づかせるためには、1回目と別の人が2回目のチェックを行うクロスチェックも考えなくてはならない。人類の英知が考案した手法である。

医薬品の生産では製造部門に加え、品質管理部門のクロスチェックが必須であり、調剤も同様だ。医師の処方箋作成が1回目のチェックで、薬剤師の調剤時の監査がそれにあたる。こうして国際標準医薬分業における相互監視機構が強化される。

医師の行為(処方)をチェックするのは薬剤師で、それをチェックするのは薬剤師自身であるところから薬剤師の倫理が重要視される。欧米で薬剤師がいつも信頼される職業の上位にランクされる理由はここにあるとも言われる。

来年には、わが国の新しい6年制薬学教育制度による最初の薬剤師が世に送り出される。これは、薬剤師のクロスチェック能力と倫理を高め、薬害から市民を守るため、国民の総意により定められた制度である。それに合わせ、わが国も「国際標準医薬分業」にしなければならないと指摘したい。

■人物略歴 ◇ながい・つねじ

永井記念薬学国際交流財団理事長。元星薬科大学学長。国際薬学連合金メダル科学賞受賞。

■出典

『毎日新聞』 2011-08-25朝刊 「オピニオン–これが言いたい」
毎日jp. 2011-08-25
, (参照2011-08-25)