Utah大学William I. Higuchi名誉教授、旭日中綬章を受章

Professor William I. Higuchi (Professor Emeritus at University of Utah) was awarded the ‘Order of Rising Sun, Gold Rays with Neck Ribbon’

Norman Ho, Journal of Pharmaceutical Sciences, 97(1), 1-8 (2008)より

武州製薬(株)製造技術部
宮嶋勝春

政府は4月29日付2011年春の叙勲受章者として,米国Utah大学薬学部William I. Higuchi名誉教授(写真)に,長年にわたる日本の薬剤学及び製薬化学の発展,そして日米関係向上に対する貢献(contribution to the development of Japanese Pharmaceutics and Pharmaceutical Chemistry, as well as to the improvement of social status of Japanese-Americans)に対して旭日中綬章(Order of the Rising Sun, Gold Rays with Neck Ribbon) を贈ることを正式に発表した.

Higuchi先生の下には,奉職されたミシガン大学,ユタ大学を通じて,(財)永井記念薬学国際交流財団理事長 永井恒司先生,千葉大学副学長 山本恵司先生,日本薬剤学会会長 杉林堅次城西大学教授をはじめ,今日我が国の製剤・物理薬剤学分野をリードする数多くの研究者が留学している.この受章を機に,Higuchi先生について紹介させて頂く.

Higuchi先生の業績*

Higuchi先生は,1956年カリフォルニア大学バークレー校において物理化学で博士の学位を取得した後,1956年~1958年の間ウィスコンシン大学薬学部で,物理薬剤学のパイオニアでありHiguchi先生のお兄様でもあるTakeru Higuchi教授の下でポスドク生活を送られた.そして,このポスドクを機に,拡散現象を中心にモデル構築により物理薬剤的な数々の課題に対する取り組みを開始された.その後,California Research Corporation(1958-1959),ウィスコンシン大学(1959-1962)を経て,1962年その後20年間在職されることとなったミシガン大学で本格的な物理薬剤学の研究を開始された.この1950年代から1960年代の初めは,Physical PharmacyにBiopharmaceuticsの内容が加わり,今日のPharmaceuticsが形成された時代である.後述するNorman Ho博士とのインタビューで,先生は1968年のAlza Corporations(Alza)設立に大きな影響を受けたと語っている.

一方,Alza創設者Alejandro Zaffaroni博士も“There are very few people who have made as substantial an impact to the field(drug delivery field) as Bill Higuchi.”と述べている.そして,1982年Chairman,Distinguished Professorとしてユタ大学に移られ,2007年に退職されるまで,数々のすばらしい研究成果をあげている.

先生は研究者の育成にも努め,数多くの博士号取得者を世に送り出すとともに,1985年Dinesh Patel博士らと経皮吸収製剤を開発するTherapeutic Technologies, Inc. (TTI)を設立している(TTIは,最終的にはWatson Pharmaceuticalsに買収された).その他にも,現在会長をされているLipocine Inc.(呼吸器疾患に対する非侵襲型治療法の開発を目的とした会社)やAciont Inc.(眼疾患に対する非侵襲型治療法の開発を目的とした会社)を設立され,研究成果を実際の医薬品開発の中で実用化すべく取り組まれている.

先生は400以上のオリジナル論文を発表されているが,その研究分野は,イオントフォレーシスを含む経皮吸収に関する研究,ヒドロキシアパタイトやコレステロールの溶解現象に関する研究,界面における物質輸送に関する研究など,非常に幅広いものとなっている.こうした研究は “art and science”といわれた製剤を”rigorous science“に変え,まさに先生は今日の物理薬剤学を学問として確立したパイオニアの一人である.先生は,ジャーナルのEditorを数多く務められたが,その中でもthe Editor-in-Chief of the Journal of Pharmaceutical Scienceを長年務められ,その貢献に対してJournal of Pharmaceutical Sciences 2008年第1号 は,Higuchi先生に対する特別号として位置づけられ,Norman Ho博士が,”Professor William I. Higuchi: Teacher and scientist“という論文で,先生が歩んでこられた45年余の研究生活を詳細に紹介されている.この中には先生とのインタビューもあり,物理薬剤学の研究を開始した動機,教育に対する考え方,ご家族のこと(特に奥様であるSetsuko夫人のこと),物理薬剤学の将来展望などについて語られている.是非一読して頂きたい.

留学当時の思い出-多忙なHiguchi先生と奥様の内助の功

著者は,1984年~1986年にかけてUtah大学の先生の下に留学させて頂く機会を頂いたが,当時薬学部にはS. W. Kim教授の下にも多くの日本人留学生がおり,日本人留学生だけで野球チームを編成できる程であった.この頃,先生は非常に多忙であり,研究成果を議論するためには,前もって秘書に予約をした上で教授室に出向かなければならなかった.先生はわずかな時間でも私たちの報告に“fine! fine! ”とうなずかれながら熱心に耳を傾けられ,時には得られたデータを基に黒板に向かって新たなモデルのための計算を開始され,私たちはひたすら沈黙し計算が終わるのを待ち続けることもあった.

留学した最初の年のクリスマスに先生を驚かせようと,当時Kim教授の下に留学されていた現東京女子医大先端生命医科学研究所所長岡野光夫教授,現資生堂執行役員西山聖二さんに協力してもらいサンタクロースのコスチュームをまとい,シャンシャン鈴を鳴らしながら薬学部の教授室に行った.これはけっこう恥ずかしかったが,先生はニコニコ(唖然とされていたかもしれない)されながら部屋から出てこられ,ささやかなプレゼントを喜んで受け取ってくださった.こんなことを今懐かしく思い出している.

Ho博士とのインタビューで先生ご自身が述べておられるように,先生が素晴らしい業績を上げられた陰には,2005年に亡くなられたHiguchi先生の奥様(皆さん親しみをこめて,Setsと呼んでいた)のご貢献があったことは疑いの余地が無い.Mrs. Higuchiは,慣れない我々留学生のために親身になって,我が子を思うように面倒をみられていた.我々が安心して留学生活を送ることが出来たのは,Mrs. Higuchiのお陰と言っても過言ではない.留学して初めて先生のお宅に夕食に招待された時のことである,食事を終えて帰宅するとき玄関先で “今夜は楽しかった?”とMrs. Higuchiに尋ねられ,緊張していた私は,とっさに“Yes, I don’t.”と答えてしまった. その時,Mrs. Higuchiが,笑いながら“どっちなの?”と聞かれたことが昨日のことのようである.私は,とても先生の期待に応えられた留学生とは言えないが,Higuchi先生を恩師と呼ばせて頂ける事を本当に光栄に思っている.

来年春,先生を日本にお招きし,留学した皆で今回の叙勲をお祝いする計画が進められている.あの穏やかな笑顔の先生に,またお会いできるのを今から楽しみにしている.改めて,先生の受章に,心からお祝いを申し上げるとともに,今後もご健康であって頂きたいと願っている.なお,この受章の陰には,永井先生,山本先生,四ツ柳先生(元名古屋市立大学薬学部教授)をはじめ,多くの方のご尽力があったことを記して,William I. Higuchi先生の旭日中綬章受章の報告とさせて頂く.

*Norman Ho, Journal of Pharmaceutical Sciences, 97(1), 1-8 (2008) 及び他の資料を参考にした。