永井恒司名誉会長による、薬学教育モデル・コアカリキュラムの改訂に関するアンケートへの回答を掲載しました

2012年2月6日

文部科学省薬学教育モデル・コアカリキュラム改訂に関する専門研究委員会殿
日本薬学会薬学教育モデル・コアカリキュラムおよび実務実習改訂に関する調査研究委員会殿

社団法人日本薬剤学会 回答責任者 永井恒司

薬学教育モデル・コアカリキュラムの改訂に関するアンケートの回答の件

このアンケートは全国薬系大学学長、薬学部長宛のものでありますが、日本薬剤学会も薬学教育について検討しているところです。貴委員会と異なるアプローチですが、当方の質問にお答え下されば幸甚に存じます。札幌の薬学会年会では、是非とも無視せず、公表してくださるようお願いします。とくに下記 二)、ホ)、へ)、ト)につき、お考えをお聞かせください。

回答 質問番号4)その他 について

イ)世界各国独自の薬学教育が存在してよいと思いますが、国際化の進行が予想されることを配慮し、それに対応できるよう、どのような事が貴委員会で検討されたのでしょうか。

ロ)将来究極的には薬剤師免許が世界共通(あるいはアジア共通)になるという予測もあり、現にヨーロッパや英語圏で共通の免許制度も生まれておりますが、貴委員会でどのような検討がなされたのでしょうか。

ハ)アジアの多くの国で、英語による授業が行われており、日本人は研究者・実務者のいずれに進むにせよ、将来英語力に優る人材が強く求められ、英語達者な外国人と太刀打ちせねばならなくなると思われますが、貴委員会では、どのような検討がなされたのでしょうか。

二)米国の薬学教育の改革は、担当省庁が、日本の厚生省と文部省に相当する2つの省が合体したところ(HEW)で進められたために円滑に進んだと言われています。わが国はこれら2つの省がそれぞれ独立しており、今回の貴委員会のモデル・コアカリキュラム改訂に厚労省はどのような関与・連携をしたのでしょうか。将来、バランスのとれた専門者(specialist)・綜合能力者(generalist)としての世界第一級の薬剤師の教育は担保できるのでしょうか。

ホ)わが国において、医師法第22条、歯科医師法第21条及び薬剤師法第19条の例外規定により 「医師の調剤」 が認められております。これは先進国では稀であり、G7の中ではわが国が唯一です。韓国は2003年に「医師の調剤」のない医薬完全分業を達成しております。日本薬剤学会は、6年制薬学課程卒業の薬剤師の誕生を機に、例外規定の削除により1889年以来120余年続いた不完全医薬分業からの脱却を目指し、去る5月の厚労大臣への陳情を始め、来たる5月の年会におけるシンポジウム、9月25日の市民講演会、10月上旬のオランダで開催されるFIP 100周年記念大会の加盟学協会セッションでの講演等による推進活動を展開します(「日本薬剤学会の医薬完全分業推進の趣旨」添付)。一度失った失地回復は極めて難しいことですが、貴委員会では、次代の薬剤師のために医薬完全分業の教育をどのように位置づけられておられるのでしょうか。従来これが疎かにされたため、真の医薬完全分業が薬剤師のステータスの基本であることを知らない薬学教員がいるということを聞きます。

ヘ)医師の処方を監査するのが薬剤師で、その薬剤師を監査するのは薬剤師自身のEthics(薬剤師倫理)であり、ヨーロッパではそれの教育が充実しているところからは、薬剤師は市民から信頼される職業の第1位になっています。貴委員会の検討では、CBT, OSCEをクリアーして薬剤師国家試験に合格させることに力点が置かれ、Ethics(薬剤師倫理)教育は貧弱であるように思えますが、どのような検討がなされたのでしょうか。

ト)調剤は、「処方監査」と「薬剤調製交付」の2段階から成るのに、古来わが国では「薬剤調製交付」のみに着目され、薬剤師の「処方監査」は重要視されませんでした。そのため、医師でも調剤できるという認識が形成され、「医師の調剤」が認められるようになったと言えます。最近、調剤の認識が変わり、「処方監査」で医師への注意義務を怠った薬剤師に処分の判決が言い渡されました(2011年2月10日の東京地裁判決)。つまり薬剤師は医師の薬の処方に対し積極的に助言すべきことが司法の場で示されました。調剤は薬学教育で最も重要な項目であり、このように認識が変わりつつあることの教育につき、貴委員会では、どのような検討がなされたのでしょうか。

添付:「日本薬剤学会の医薬完全分業推進活動の趣旨」を添付します。

以上

日本薬剤学会の医薬完全分業推進の趣旨 ― 永井恒司

1. 国際標準医薬分業―完全分業とは

医薬完全分業は”医師が処方し、薬剤師が調剤する”ことであり、「人の命に関わる薬を一人の人物に任せては危ない」ことに気づいた人類の英知の結晶と言える。そしてこれは 医師・薬剤師相互監視機構”と”薬剤師倫理(Ethics)”から構成される。具体的には次の3原則から成る、(1)医業と薬業を完全に分離し、両者が仕事上の関係を結ぶことを禁止する;(2)薬業を公的に監督し、義務違反をした薬剤師を罰する;(3)医師は処方せんを発行し、薬剤師が調剤することを義務付ける 。

2. 医薬完全分業の法制化と国際性

1240年にシチリア王国の王フリードリッヒII世の勅命により法制化されて以来770余年に亘り、国際標準医薬分業として医療の根幹を成してきた。先進国でこれが実施されていない国は稀である。G7の中で“医師の調剤”(医師法第22条、歯科医師法第21条及び薬剤師法第19条の例外規定による)が認められているのはわが国が唯一である。アジアで韓国は2003年に医薬完全分業が達成されている。インドネシアはもともとオランダの影響を受けており、医師は調剤できない。

3. 医薬完全分業の調剤 と医療ZD―有形・無形の品質保証システムの革新

薬剤師の調剤行為は、医師の処方の監査と、薬剤の調製・交付の2段階から成り、そのどちらにも過誤は許されない。「人間は間違いから逃れることができない」という諺があり、それを限りなくゼロ(Zero Defect)に近づけるため、異なる2人(また2部門)によるチェック(クロスチェック)が行われる。医薬品の製造では製造部門と品質管理部門による完全独立したクロスチェックを行う相互監視機構が法制化されている(Good Manufacturing Practice, GMP)。医療の現場において”医療ZD”に向けた相互監視機構が医薬完全分業の調剤である。

4. “医師の調剤”の非合理性

“医師の調剤”は、医師であれば、特別の規制もなく、薬剤師免許不要で、薬剤師生涯教育も受けず、調剤が行えることを認めるものであり、非合理であることは歴然としている。”医師の調剤”を認めることは、医師が薬剤師と同等の職能と技能を有することを示しており、薬剤師養成のための大学薬学部の存在を否定するものである。

5. 薬学教育・社会環境の進化

わが国で”医師の調剤”を認める制度が生まれた1889年代はともかく、現在は、薬学教育(6年制大学薬学教育・薬剤師生涯教育)の充実により薬剤師の職能及び技能が格段の進歩を遂げ、同時に医療関連の社会環境の水準も向上し、”医師の調剤”は医療にとって必要としない。

6. 医薬の安全性、医療の透明性、医師・薬剤師相互監視機構

“医師の調剤”では、処方せんを必要としないから医師・薬剤師相互監視機構は存在しない。そして、用いた医薬品の種類・用量・剤形は薬剤師に開示されないため、医薬の安全性と医療の透明性は保証されない。これは先進医療とは言えない。医療の安全性の要求水準も過去と比べものにならない。最近、薬剤師職能に対する認識が変わり、医師への注意義務を怠った薬剤師に処分の判決が言い渡された(2011年2月10日の東京地裁判決)。つまり薬剤師は医師の薬の処方に対し積極的に助言すべきことが司法の場で示された。

7. 薬剤師の倫理(Ethics)の高揚と医療全体の質的向上への波及効果

医師の処方せんをチェックするのは薬剤師で、その薬剤師をチェックするのは薬剤師自身の倫理(Ethics)である。薬剤師倫理がEthicsの語源であることは、処方せんにより薬剤師のチェックを経る医療用医薬品のことを”Ethical drugs”と呼ぶことからも示される。これは医薬分業の原則(上記1.(2))の一つに掲げられている「薬業を公的に監督し、義務違反をした薬剤師を罰する」に起因する。一般にこの種の処罰は薬剤師に対する方が医師に対するよりも厳しいと言える。端的にいえば、絶対に不正行為はせず、過失をゼロに抑え、患者のために最善を尽くすという倫理感のことである。欧米では、薬剤師が最も頼りになる職業とされており、Ethicsがその基盤になっている。薬剤師は医療職の一員であり、Ethicsの高揚は医療全体に波及し、その質的向上をもたらす。

8. 6年制薬学教育終了の最初の薬剤師の誕生と完全医薬分業

6年制薬学教育の最初の卒業生が2012年世に出る。6年制薬学教育制度は、”国民の生命と健康を守る”ために生まれたことを再認識することが必須である。この新制度の薬剤師の誕生に連動させて、より高品質の医療が国民に行き渡るよう、是非とも上記医師法第22条・歯科医師法第21条・薬剤師法第19条の例外規定を削除・改正せねばならない。何のための6年制か、”国民の生命と健康を守る”ためであることを忘れてはならない。

以上